2008年02月29日
今回はシンガポール往復のチケットを購入しました。
何故シンガポールかと言いますと、南米は2週間では足りない。
グアテマラINパナマOUTだと南米と同じ料金。
しかも合計17万とかいう鼻血が出そうな金額。
北欧はチケット代はそこそこでも滞在費が高い。
スリランカは帰国日のチケットが満席。
バンコク行きは6万以下のチケットは満席。
ということで、空いてそうなシンガポールを買ってみました。
予想通り空き空きで、5列シートに横になって寝れるくらいでした。
シンガポールで2週間はとても過ごせそうにないので、
Air Asiaを使いまくる行程にしてみました。
●がAir Asiaのフライトです。
14日 成田→シンガポール 空港泊
15日 ●ジョホールバル→クチン
17日 ●クチン→ミリ
19日 ●ミリ→コタキナバル
20日 ●コタキナバル→マニラ(正確にはクラーク)
26日 ●マニラ→クアラルンプール
28日 シンガポール→成田
5回も乗って25,000円くらいです。
NY⇔ドミニカよりも安く上がってます
Air Asiaを使うのは今回で2度目です。
前回はバンコク→シンガポール路線を使いましたが、
フライト遅延のおかげでシンガポールの空港に泊まる羽目になりました。
今回は一つでもフライトがキャンセルになったら、
その後の予定がパーになるくらいの日程です。
が結果は、どれも無事飛びました。
コタキナバル→マニラは40分遅延で出発してほぼ定刻に着きました。
2時間もない短距離なのに。
Air Asiaは欧米人のバックパッカーもかなり利用していました。
安いですからね。
難点は、国内線でもチェックイン時間が早いこと。
目的地によっては空港が遠いこと。
(マニラ発着はマニラから北に80km離れたアンへレス)
飲み物食べ物は持ち込み禁止で、
高い機内販売を利用するか我慢するしかないこと。
こんなところでしょうか。
それでも安さが魅力のAir Asiaは、
今回乗った分だけでも搭乗率は9割くらいいってました。
2008年02月04日
NY~ドミニカ間を就航しているjetBlueについて少々書き記します。
・JFK空港のターミナル6が丸々jetBlue専用。
無料のホットスポットも完備。
PCを持ち込んでネットする人が多数。
・シートは革張り。全席TV付き。DIRECTVが見れます。
ジュースとスナックは乗務員が客に聞いたものをメモし、後で配るシステム。
お菓子はポテトチップス、ビスケット、ナッツ類などなどたくさんあり、
どれでも選べます。
わたくしはコチラのjetBlue公認チップスのブルーチップスを頼みました。
・基本的にオンライン予約なので、チェックイン時はパスポートと予約番号を言えばOK。
・ドミニカの帰りにビニールに入れただけのラム酒を預けたら、
NYで引き取る時には厳重にテーピングされて、
超ド級壊れ物扱いのシールが貼られていた。
・マイレージは区間距離による3段階のポイント制で、
オンライン予約をすると2倍のポイントが貯まる。
100ポイントで無料搭乗券が貰える。
わたくしの場合、今回で24ポイントが貯まった。
・帰りの便で、わたくしの席に別の人が座っており、
ボーディングパスを見せて替わってもらった。
しかし何故かその人の席がなく空いている席に座らせてもらっていた。
2008年02月02日
今回の旅行地にドミニカを選んだ訳は、
NYからのフライトが安かったから、
そして2年程前にドミニカ移民のニュースを知ったからです。
恥ずかしながら、そのニュースを聞くまで
ドミニカに日本人の移民がいることを知りませんでした。
各国に移住した方々が苦労して
今の日系人の地位を築いたことはわかっているつもりでしたが、
ドミニカ移民は更に辛酸をなめた経験をしていたことに無知でした。
ということで、ドミニカでの日本人最初の移住地・ダハボンにやって参りました。
ここはハイチとの国境でもあります。
丁度着いた日が週に2回のハイチマーケットの日でした。
本当はダハボンより30km程北のモンテクリスティまでのチケットを買っていたのですが、
気がついたら終点のダハボンでした。
モンテクリスティにはバスターミナルはなく、
幹線道路で降ろされるので降車地と気づきませんでした。
そのおかげでハイチマーケットを見れたので、
終わりよければ全て良しですが。
ダハボンにもバスターミナルというものはなく路上で降ろされました。
地図もないので、運転手のお兄ちゃんにホテルの場所を聞いてみます。
ホテルの看板が見えるところまで連れていってくれました。
ドミニカ人は道を尋ねると、その場所まで連れて行ってくれたり、
わかるまで根気よく教えてくれるので、とても助かります。
おかげで滞在中、
インドのように間違った道を教えられ右往左往するようなことはありませんでした。
客はわたくしだけのような大きいホテルにチェックインし、
町をぶらつくことにします。
ハイチマーケットのせいか、
首都のサントドミンゴやボカチカよりも黒人の比率が高いです。
ハイチマーケットというからには、
ブードゥー的なものが売られているかとワクワクしていましたが、
ブラジャーを片手に山盛りにして歩く売り子や、
中国製らしき洗面器、コップなどの生活雑貨、洋服など
生活感溢れるマーケットでした。
お土産的な物が一切ありませんでした。
サントドミンゴの方がハイチの土産物がたくさんありました。
ホテルから6ブロック向こうが国境で、
国境までの3ブロック分くらいはマーケットでごった返しています。
アフリカにしか見えないマーケットを進んで行き、
国境の川に出ました。
ここの川を隔ててあちら側がハイチです。
ハイチ側では皆さん川で洗濯をしていますが、
ドミニカ側では洗濯をする人はいません。
ドミニカ側の道は舗装されていますが、
ハイチ側は瓦礫だらけの未舗装。
どのくらい違うのかGoogle Earthで見ると一目瞭然です。
ハイチ人のおばちゃんは「大丈夫大丈夫」とか言いますが、
ドミニカ人は「昔は行ったけど今はハイチに行かない」と言います。
ここはドミニカ人に軍配が上がりました。
ここダハボンには、ハイチで行動を共にする旅行者は誰もいなく、
且つ東洋人の女が1人でハイチに入り、
人里離れた山の中にある世界遺産・サンスーシを見に行って
果たして無事かと考えたら、何とも言えません。
特にサンスーシやシタデルのある北部が誘拐多発地帯とのことです。
鴨がネギ背負って来るようなものでしょうか。
ということで、国境の橋の上からハイチを見るだけに留めておきました。
スタンプラリーをしている人ならスタンプを貰いに国境を越えても良いと思いますが、
ドミニカ出国税US$20とハイチ入国税US$10がかかりますので、
そこんとこよろしく。
ハイチマーケットの喧騒で疲れたので、
ネット屋に入って休憩します。
30分後。
外に出ると道路ががらんとしています。
ついさっきまで道路の横には露天商が並び、
歩くこともままならないくらいの混雑だったのが嘘のように誰もいません。
散歩の続きをしていると、
日本人のYAMANAKAさんが経営する商店を見つけました。
そしてYAMANAKAさんにこのことを話すと、
「15時になるとみんな荷物まとめてハイチに帰っちゃうのよ。
風呂敷広げてその上に売ってるから、帰る時もまたまとめるだけだしね。
早いのよー」
とても人懐っこい猫2匹を相手にしながら教えてくれました。
このニャンコ達は「chica」と呼ばれると、
YAMANAKAさんの傍に飛んできます。
わたくしはこのニャンコ達と同じように「chica、chica」と
ドミニカ中で呼ばれました。
明らかにわたくしよりも一回り以上下の人達にですら。
Tengo 33 añosなのに。
この話は夫に笑われました。
YAMANAKAさんのお店で水を買い少し立ち話をしました。
昔はダハボンにも日本人がいたが、
今はダハボンから7km離れた所に一家族しかないこと。
その方は大きなチーズ会社をやっていること。
わたくしの泊まっているホテルのオーナーはやり手のおばあちゃんだったが、
年も年のため、ホテルを拡張するために持っていた
隣の物件を建物を向かいの大学に売却したこと。
色々とダハボンの日常が聞けて面白かったです。
「China!China!」
と店外から言われながらフライドチキンでお腹を満たし、
ホテルに帰ると停電でした。
先程の話に出てきたホテルのオーナーおばあちゃんに聞いたら、
いつ復旧するのかわからないと言います。
日が暮れる前に急いで水シャワーを浴び、
外から聞こえてくるメレンゲやバチャータを聴きながら
ファイナルファンタジーIIIをしました。
行きの飛行機で始めて、早レベル38になりました。