2009年06月18日
6月13日
ようやくブログを再開する気力が出てきました。
以下ダラダラ長いのですが、文字として記録に残しておこうと思います。
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6月13日土曜日。
西荻窪の旅茶箱でのマッサージのために駅に向かっていると、
交差点で知人にばったり出くわしました。
久しぶりの再会です。
「お久しぶり。お元気ですか」程度の挨拶を交わし、
わたくしはそのまま駅に向かいました。
その夜。
yahoo!のTOPニュースに、
『試合中、レスラー倒れる』というタイトルが出ていました。
プロレスで誰かが倒れたのねくらいのほんの軽い気持ちでクリックして、
記事に目を通すと、こんな文章が。
3日午後8時45時ごろ、広島市中区基町の県立総合体育館アリーナで行われていた
プロレスリング・ノア広島大会で、試合中に男性プロレスラーが倒れ、救急搬送された。
広島市消防局によると、男性は、心肺停止状態という。
大会関係者によると、男性はプロレスリング・ノア社長の三沢光晴さん(46)という。
三沢さんは2代目タイガーマスクとして人気を集めた。
倒れたのは誰なのかという一番大事な情報が最後に書かれていました。
「倒れた?心肺停止?
そんな重大ニュースなのに何故名前が最後に出てくるんだろう」
容態を心配する前に、記事の書き方に目がいってしまいました。
そしてすぐに2ちゃんのニュース速報板、芸スポ板、プロレス板で
このニュースに関するスレをROMすることにしました。
あちらこちら見続けて1時間後でしょうか。
読売新聞のソースで死亡記事が出たのです。
『心肺停止』という文字を見た時点で、
これは最悪の事態になるのではという考えが頭をかすめましたが、
それが現実となるとただただ呆然とするしかありませんでした。
わたくしはそこまでプロレスファンではありません。
それではどこまでなのかと言いますと、
高校時代に全日を観ていたくらいです。
何故か毎週(日)深夜に放送していた全日を観ていました。
自分の中でF1ブームの後にプロレスブームがやってきた時代でした。
丁度クラスにハンセン好きな女の子がいまして、
月曜日は彼女と昨晩の試合について語るのです。
しかしそれも卒業後は話す相手もいなくなり、
いつの間にやらTVを観なくなりました。
それから十数年が経ち、
今年5月のバンコクでテリー・ゴディと戦っている映像を観ました。
そこには緑色のタイツでリングに立っている姿がありました。
試合は終始ゴディのペースに押され気味で進みます。
このままフォール勝ちされてしまいそうにも思えましたが、
ひたすら耐えた後のエルボー(だったはず)で逆転勝ちしてしまいました。
アナウンサーも逆転勝利に絶叫しています。
そしてTVの前には、
VTRだというのに手に汗握って熱狂している自分がいました。
まるで高校時代に戻ったかのように。
まさかバンコクで昔の全日の試合を観れるとは誰も思わないでしょう。
ですからバンコクネタの記録としてそのうち書こう書こうと思っていました。
それなのに書くのがズルズル延びたまま月は変わり、
今回の訃報を知ることになりました。
そして冒頭に出てくる偶然会った知人は、大ファンでした。
こじつけといえばこじつけになりますが、
どうにもこうにも気になりましたので。
訃報ニュースの後、
2ちゃんで更なる情報を集めるべくROMを続けると、
在りし日のプロレス動画のURLが出てきまして、
そこから動画とROMをループの日々が始まりました。
14日は一日中ネット、TVで情報と映像を観ていました。
朝一番でスポーツ新聞を買いに走り、
水曜日には週刊プロレスも買いました。
日テレG+での追悼特集の録画も手配済みです。
これだけは言えます。
この4日間で視力が確実に悪くなりました。
涙もたくさん流れました。
それと一度でいいから試合をこの目で観るべきでした。
合掌。